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2010-06-11

訃報ハローワールド状態

03:30 | 訃報ハローワールド状態 - 自他の境界がなくなっちゃえばいいのに を含むブックマーク はてなブックマーク - 訃報ハローワールド状態 - 自他の境界がなくなっちゃえばいいのに 訃報ハローワールド状態 - 自他の境界がなくなっちゃえばいいのに のブックマークコメント

たとえばですよたとえば。

ミュージシャンが他界して、その人の曲を聞くと涙が出ちゃうっていう状態そのものは、否定できないですよ。そういう生理なので。

そうやって泣くのはど真ん中カタルシス、なんらかのエモい作用を経て残された人は日常に戻っていくわけですよね。

おかしいとかおかしくないとかじゃなくて少なくとも、不自然なことではない。

この曲を聞いたら泣いちゃうよー泣いちゃうよー耳に入ったーハイ泣いたー。

そうやって生きてる人間から死んでる人間に遷移させていく。

死者のことを思って泣いてるときは、死者をコンテンツとして扱ってる。

コンテンツですよコンテンツ。生きてる人間がわりかしメディア寄り的状態であったのものを、死んでる人間として完全なコンテンツにする。

メディア性を失って、完全なコンテンツとして新しい生を受ける。虎が皮を残したり人が名を残したりする現象。

よくもわるくもそういうもんで、その是非は問わないですよ。

ミュージシャンなら死後、追悼盤が出たりする。死者をコンテンツとした商売であざとくて汚いかもしんないけど、生きてる人が食っていくためならまあそんなこと言ってられない。

また、そうしないと生死の境界がわかんなくなって日常生活が困難な、常識的な意味で残念な人になっちゃう。

追悼にはそういう一面があると思ったわけです。

感受性の豊かな人がそうやって生理として泣いてるくせにですね、その一方で「人間をコンテンツとして扱うなんてひどい!」とか言ってたりするとですね、なんかこう括約筋がゆるんで、ゆるふわ糞便がこんにちは状態になるんですよね。

あなた死者のために泣いていたじゃないですか。まあ死者のためじゃなくて自分自身の生理のためなんだけどさ、そこは慣用的に死者のためって言いますよね、あんた泣いてたじゃないですか、なんでその涙を生者のために流せないんですか。

死者のために泣いたってぜんぜん優しくなんかないですよそんなの。

話がずれた。

で、なにが言いたかったかっていうと、死んだ人のことを思ってエモくなるのは必要だし、しかたないこと。故人を死者として見送るときの標準的な作法。

だけど、だからこそ、自分がエモくなるとき、死者をコンテンツ扱いしてるってことを忘れたくないし、カタルシスの快感こそが目的だなんて勘違いしたくない。

見送るときにはエモくなることも必要だけど、エモく盛り上がったときに、エモーショナルオナニーのおかずとして故人を利用していることは忘れたくない(誰かが死んで弔意を示すってのもオナニーなのであんまりウェブでやんないほうがお上品じゃないのー、とも思う)。

そうやってエモエモしく盛り上がる予感に対して、わくわくしてしまうのはわからないでもないけど、そういう人々を相手に、上記のようなことを説明するような元気はこっちにないし、エモくなれる期待に胸をふくらませている人々と同席するのは不愉快なので、ぼくはおうちで寝ていたほうがいい。

こういうことを言うと、きっと「死者はそうやって見送ってもらえて喜んでる」「彼はそう望んでいたはずだ」みたいな異見が提起されるような気がするんだけど(死者を擬人化するのみならず勝手にその心理をエスパー的に予想するなっていうのとはまた別に)、残された生者がオナニーしつづけていていいわけねえだろう、っていう。日常に戻るのが目的なんであって快楽は目的じゃない。

とはいっても、否定されても反論できない。反論する元気もない。どうぞ上から目線で「かわいそうな思考の人だ……」とか思っててください。

あと、べつに死者で快感を得る人がいたって、それは自由なので。

明日も誰かが死んで気持ちよく泣けるといいですねー、としか。

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